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ピウス9世 (ローマ教皇) : ミニ英和和英辞書
ピウス9世 (ローマ教皇)[ぴうす9せい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よ, せい]
 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation 
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
教皇 : [きょうこう]
 (n) Pope

ピウス9世 (ローマ教皇) : ウィキペディア日本語版
ピウス9世 (ローマ教皇)[ぴうす9せい]

ピウス9世Pius IX1792年5月13日 - 1878年2月7日)は、カトリック教会司祭、第255代ローマ教皇(在位:1846年6月16日 - 1878年2月7日)。本名はジョヴァンニ・マリア・マスタイ=フェレッティ(Giovanni Maria Mastai-Ferretti)。31年7ヶ月という最長の教皇在位記録を持ち、イタリア統一運動の中で、古代以来の教皇領を失い、第1バチカン公会議を召集し、『誤謬表』を発表して近代社会との決別を宣言。また、聖母マリア無原罪の御宿りの教義を正式に制定した。カトリック教会の福者ピオ9世と表記されることもある。
== 生涯 ==

=== 教皇へ ===
18世紀の終わり、1792年教皇領セニガッリアで貴族の家に生まれたジョヴァンニ・フェレッティは神学校で学び、1819年叙階された。ローマチリで働き、スポレート大司教に任命された後、1840年枢機卿に選ばれた。グレゴリウス16世の死去を受けて行われたコンクラーヴェは保守派と改革派の激しいせめぎあいとなったが、紆余曲折を経て選ばれたのは改革派とみられていたフェレッティであり、ピウス9世を名乗った。1700年以来最年少となる54歳での選出だった。選出時は内外から熱狂的に歓迎され、新教皇にとって上々の滑り出しであった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ピウス9世 (ローマ教皇)」の詳細全文を読む




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